ペンは剣より強し、銭はペンより強し、剣と銭が手を結べば釣り合いが取れそう。

四回生の卒論指導会があったので、来年のために後ろで見学。
高野山大学の懐の広さを改めて感じさせられた。
(懐が広いのでなく、懐が寒いと言い換えることもできるかもしれないが……)
高野山大学には大先生とあだ名される学生もいれば、
学問に興味の無さそうな輩、日本語も儘ならない学生もいる。
僕のように社会生活へのリハビリテーションとして利用する学生もいる。
まったく、出世間的・無縁所的学風を表している。
これは高野山真言宗の来歴をよく継いでいるようにも思う。
伝統教学を継ぐ者、社会に受け入れられない暴れん坊、社会的不能者。
まあ昔からこういう構成で寺というものは成り立っていたのだろう。
歴史・土地柄にのっとった良き教育機関だと思いますよ、高野山大学